10月20日(土)は、赤穂市立美術工芸館で「からくり人形実演披露会」

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 明日は、日本画家・絵本画家の「後藤仁」さんの個展が赤穂市美術工芸館にて開催初日を迎えます。そのオープニングセレモニーに「中町布袋会」のメンバーが、からくり人形実演披露をしに馳せ参じることは前の記事で述べた通りですが、今回は意外と知られていない大垣市と赤穂市の関係について述べてみます。
 赤穂藩と言えば「忠臣蔵」
 
元禄14年3月14日、江戸城松の廊下で、赤穂藩主浅野内匠頭長矩吉良上野介に切りつける刃傷事件が起こり、内匠頭は即日切腹。この日、江戸城内に詰めていた大垣藩戸田家4代藩主戸田氏定大目付仙石伯耆守から「内匠頭家来、騒動いたさぬよう申し付けよ」と命が下った。実は大垣藩主「戸田氏定」と赤穂藩主「浅野内匠頭」とはお互いの母親が姉妹という、従兄弟どうしだった。また幕府にとって都合がいいことに、戸田氏は三河以来の譜代大名であり、浅野氏は外様大名であった。幕府は戸田氏を大いに利用し、氏定は裏方の重責を次々と果たしていく。すなわち内匠頭の遺骸引取りと密葬、藩邸の明け渡し、そして赤穂城の明け渡しの使者の任が命じられ、重臣を赤穂に向かわせる。氏定は家老大石内蔵助らに、平穏に城を明け渡すよう説得を重ね、刃傷事件から1ヶ月後、幕府の赤穂城接収は静穏のうちに終了した。

 今回の「後藤仁」さんの生まれ故郷赤穂市と、大垣でご活躍の「後藤大秀」先生とは甥と叔父の関係であり、何か不思議と親近感を覚えます。



この記事へのコメント

2018年10月27日 08:37
 この度は、赤穂市立美術工芸館 田渕記念館の展覧会にお越しいただき、からくり人形実演披露会にても大変お世話になり、誠にありがとうございました。今後とも伯父・後藤大秀ともども、よろしくお願い申し上げます。

 日本画家・絵本画家 後藤 仁
2018年10月27日 18:34
多くの地元のメディアに個展を取り上げていただいてかなりの評判だと聞いております。我々中町布袋会が多少のお役に立てたのなら幸いです。この度はおめでとうございます✨