大垣まつりの三両軕の権威を誇示するための一案。

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※神楽軕
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※大黒軕

 大垣まつりの唯一にして最大の特徴は、やはり第三代大垣藩主戸田氏西(うじあき)公が延宝七年(1679年)に八幡神社に「神楽軕」「大黒軕」「恵比須軕」を奉納し、後に十ヶ町に下賜された、所謂『三両軕』を現在まで引き継いでいる事であります。

神楽組…本町・中町・新町
大黒会…魚屋町・竹島町・俵町
恵比須会…船町・伝馬町・岐阜町・宮町

 三両軕は十ヶ町が代々このように組分けされており、現在も脈々と引き継がれております。火事で焼失したり、天災で焼失したり、空襲で焼失したりと、焼失と再建を幾度となく繰り返してきました。三両軕は「殿様の軕也」と月岡画帖にも記されており、町内の本軕が焼失しても何を差し置いても三両軕だけは祭に出さねばなりませんでした。この事が大垣まつりの本当の意味での誇りなのです。一般の人から見れば素朴で、悪く言えば安っぽい軕には魅力が無いのかも知れませんが、大垣まつりの三両軕の存在こそが、他の曳山祭りとは別格の権威を持っているのです。ここまで説明してようやく“ああそうなんだ”と理解していただけると思います。そこで私なりに、どうしたらもっと三両軕の権威を誇示出来るのかを考えてみました。過去の記事に書きましたが、八幡神社での奉迎の際には三両軕をお預かりする当番町は、本軕を三両軕の後に随行させ、手古を除いた町衆全員が三両軕について鳥居の前まで行き、お囃子を奉納するのです。三両軕の奉納の後は、本軕に分かれてからくり掛芸披露し、その後は二両一緒に八幡神社を後にするのです。そうすれば一般の観光客からしてもより分かり易く、また三両軕の権威を誇示するにも役立つように思います。
 大垣まつりは国重要無形民俗文化財であり、ユネスコ世界文化遺産でもあります。長年守り続けてきた大垣まつりをより魅せる祭にするためには、三両軕の権威をもっと誇示する必要性があるのではないでしょうか。

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※恵比須軕

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